虫ブロ

昆虫記

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魚の分け前

下北沢の教会で行われたフジワラサトシさんの
新譜のレコ発に行ってきました。
タイトルが「い、のる」で、会場が教会。
もしかして!新譜と神父も掛かってますか。もしかして。
教会なんて子供の頃の日曜学校以来だったので、ちょっと懐かしい気持ちで
「天にまします我らの父よ」ではじまる例のやつを思い出しながら、駅から駆け足。
むシズに理解を示してくださる数少ない音楽家のkyoooさんも出演していたのです。
人気者なのになぜむシズを?

フジワラサトシさんの前に演奏した佐竹努さんが最後の曲で、
ピアノの前に座り「人前でピアノを弾くのは初めて」だと言って
ちょっとイントロを弾いてから中断してしまい、「あと二回間違えたら、やめます。笑」なんて
言ったとき、わたしの頭の中に『あの男がピアノを弾いた』というタイトルが浮かびました。

これは阿部薫がピアノをひいてるのを見て、浅川マキが作った曲のタイトルなんですが、
子どもの頃、クラスでピアノを習っているのは明らかに女子が多かった。
二年ほど前に生井君と回し読みした「あゆみののろい」というファンジン
(一度使ってみたかったの。この言葉)でも、オオノユウキさんが、
子供のときにピアノのおけいこに通っているのを友だちに知られるのが嫌だったと
インタビューの中で答えていらっしゃった記憶があります。ダセエと思われるって。

日本だと、若者の部屋(男)を描写するときに、備品としてギターが置いてあることが多いけど
北欧ではその感覚で鍵盤楽器が置いてあることの方が多いって、石野卓球のインタビューで
読んだこともあるので、これらを総合して考えると、なんだか日本において男性音楽家とピアノという
楽器には独特の関係性があるように思えます。それとは、ちょっと違いますが、
男性芸能人がテレビの企画でピアノを弾いてプロポ―ズするとか多くないですか?
べつにギター速弾きでもいいと思うんですけど。

でも、Vapour Trailが、七針でリハ時間にちょこっとひいていたピアノとか
あの人やこの人、スタジオにピアノがあったりすると、ちょっと照れくさそうにうれしそうに
ピアノが「利き楽器」じゃない人の弾く、ピアノというか、向い合い方やスペシャル感。
そういうのが、わたしにはひどく新鮮に見えて、そんなイベントがあってもいいのになと思います。
「あの男がピアノを弾いた vol.1」なんてね。

もしもピアノが弾けたらな~、いいや、弾けても弾けたで、なんだか戸惑って
勝手が違っちゃって、いつもみたいにギターとかベースとか弾く時とは様子が違うかも。
だけど、むしろ、その人の、なんていうか『足跡の付いてない雪』みたいな部分が
見え隠れしちゃって、実は高感度はアップするんじゃないか、アアー♪アアアー♪
といったかんじです。でも、あれは、そういう歌じゃないです。
そうそう、昔の漫画やドラマだと、キーボードは女の子の確立が高い。
そして劇中でボーカルの男と付き合ってる確率が高い。笑
だから、わたしはアパートメントで鍵盤を弾く時、楽しいっちゃ楽しいですが
ちょっとやだな、大事マンブラザーズバンドみたいだな、と思ったりします。
今だったら、女の子は弦ものだよ~。もしくはドラム。それとノラ・ジョーンズがこないだ
ウッドベース弾いてて可愛かった。ってこの感覚はいつから定着したのでしょう?
研究したら面白そうです。


ところで、フジワラさん、なのですが、
ちゃんと分けた魚とパンがみんなに喜ばれている感じがしました。
観客の拍手にそれを感じました。

って、そういう説話、少年がイエスに自分のお弁当をあげたら
話を聞きに来ているみんなで分けようってことになり、ちいさな魚二ひきと
パン一つだったはずなのに、全員に行きわたった上にみんな満足した、という話が
あるんですけど、子供のころ、この話を聞いて魚が嫌いな人が中にいたら、とか
有難迷惑がられたらどうしよう?って気になって気になってしかたなかったのですが、
「作った歌」という超個人的なものが、みんなで共有し得るものに完成するって
すごいことだと思います。って音楽家捕まえて言うことでもないですね。
でも、でも、むシズは魚もパンもあげまくりなのに、半笑いで「あ、いいです、、、」
って言われることのほうが多いから。だから。だから。
でも、たぶんこの話の教訓はそういうとこにはなかったと思います。忘れてください。

それと、わたしが、ライブ終演後にじゃあね、ってあいさつすると
毎回「ごめんね。」っていうのは何故なのでしょう。笑
会場が教会だといえ、そこは懺悔しなくていいです。

アーメン。


ナホトカ


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90年代、わたしは音楽にコレを買わされた。号外編

つきづき7000円のおこずかい、それをどのようにに使うか?
90年代中期、10代のわたしの“ポップライフ”はそれにかかっていました。

まず、第一にCDとレコードだ。
聴きたい音楽は、検索の技術さえあればいくらでもタダで聴けるような現代とは違い
友達のなかで自分が一番“音楽好き”の立場になってしまうと
もう、トップランナーのつらさというか、自分が買わなけりゃ、それはもう
絶対に聴けないのです。誰かが買ってくれたのを借りるとかできないから。
なので、音源分の資金は必ず確保しなければならない。
持ってるアルバムも、アナログでリリースされたら買いなおすし
さらに観たいけど行けない現行のアーティストのライブは、ライブビートに
出演してくれるのを待つしかなかった。ハッピーズとかフリーボのライブは
そうやって聴いて、音源よりライブがいいバンドってのがいる、という
ことを知ったのでした。

第二は映画で、昔は新聞の朝刊に、その日テレビで放送される大体すべての映画の
あらすじと制作年と制作国が書かれていたから、それを参考に60年代から
80年くらいまでのものをビデオで予約録画してチェックして、
でも、どーうしても放映されなくて観たいもの(「うたかたの日々」とか「スローガン」)
は池袋のロサまで観に行きました。

で、以上のようなことをしているとオトメらしい身の回りのもの
にかける資金というのがどんどん無くなってくるのです。
わたしが虫ブロにおいて、90年代のファッション関係のグッズについて
やたらと書くのは、オシャレだったから、っていうのではなくて
一番欲望が満たされていなかったジャンルだからなのかもしれません。
あの頃の流行のものって、母親が眉をしかめるようなものが多かった気がします 笑
ひなのちゃんとかチャラみたいな水色とか白のマニキュアなんて買ってくれないもん。わたしのおかあさん。
古着買ってくると怒るし。あ、ミュージシャンが雑誌とかで「これは高円寺の古着屋でいくらだった」
なんて、インタビューも最近あんまり見かけないな。
それとレトロなヘアピンで、こう、前髪をむりやり横わけに止める感じが
わたしの中で“フォーキー“だったのですが(むろんシャギー入りまくりよ)そんなピンも
頑張って買わなくてもどこにだって廉価なものがありますよね。

で、そんな当時、ちょこっとだけそんなわたしの欲求を解消してくれたのが
beamsからリリースされていたトーキングウォッチという2000円ぐらいのデジタル時計でした。
やっぱり2001年までもうすぐということだったからか、あの時代とにかくよくあったような
近未来的ルックスかつ、声で時間をお知らせしてくれるというロボットみたいな腕時計でした。
何か国語かあったのですが、もち、フレンチでしゃべるやつ。渋谷系!
いまでは携帯があるからか、昔ほど若者が(一部のマニアとか大人は別)腕時計に
気を使っていない気がしますが、当時の雑誌をみると10000円切るくらいのおもちゃみたいな
時計がたくさん掲載されていました。

club.jpg white.jpg

左の「クラバー気取り」という言葉に時代を感じます。皆さんの身近にクラバーはいますか?
右の真ん中の白、実はわたしが90年代にとっても欲しかったもの。なぜかというと

mineko.jpg

腕見て、腕。

嶺川貴子氏の当時のアーティスト写真やインタビュー記事に掲載された写真を
複合し分析した結果、どうもこの時計なのでは?ということが判明。
でも、ネット通販なんてない時代だったから本当に「めぐりあう」まで待たなくてはならないのでした。
そして約5年後、2001年の新宿で偶然この時計を見かけたのですが、その時はすっかり熱が冷めてしまって
いて「ふーん」なんて思ってしまった。

いろんなことに夢中になったりあきたり。



apartment ファースト発売から10周年ライブ

去る6月30日はアパートメントがファースト発売から
十周年のイベントだっていうから、わたしもピアノとかピアニカとか
で参加してきました。

一曲演奏するごとに、曲にまつわるエトセトラを自身で語りつつ
というむシズスタイルともいえる進行で、盛大ではなかったけど
こじんまりとした良いイベントになったのではないでしょうか?

Hand me downという、彼が、エルヴィスってこんな
感じだったっけ?と思いながら作ったという曲の感想を求めらて
西田敏行氏(体と首を斜めに傾けてニコッ)の出演されていた
朝日ソーラーのCMの曲っぽいとわたしが発言したら会場の空気が「?」に
なりました。っていうかブルースコードだからみんなそういうもんだよね。
ブルースブラザーズ的な格好してるし。

西田敏行 屋上ライブ 1994

前に書いた「ミュージシャンは何を着るべきか」じゃないけど
わりと初期のころからアパートメントのライブを観ていますが、
当時と比べて何が一番変わったかというと、彼は服装が変わったかもしれない。
あとMC時の話し方がミュージシャンぽくなくなった、ここがポイント。
「なくなった」んです。「らしくなった」ではなく。これはいいことなのか?

というと、今度はミュージシャンらしいしゃべり方って何?ってことになりそうだけど
なんていうか、先生っぽいしゃべりかた、とかお母さんらしいしゃべりかたって
あるでしょ?その時代その時代におけるミュージシャンぽい喋り方っていうか、
カブきかたっていうのが、なんだか、あるのです。

それから、歌える人の「声」が普通に会話をするのに使われているのを聴きながら
自分の脳内でそれを歌声に再構築するのがとても楽しい。
ああ、歌ったときには、この声の持っているこの要素が前面に出て
ああいうふうに聴こえるんだ、みたいな。

でもって壊れかけのテープレコーダーズのシノ氏の声は広告代理店の人の声で
Vapour trailの松本頼人氏の声は大江戸工務店の人の声でした。 
そしてわたしのマネするリア充女子大生の声は不評でした。

すけすけじゃないかっ!

__ (9) dress.jpg 

6月の30日は七針でapartmentのファースト・リリースから
10周年(執念ともいえる)ライブです。詳細は以下。

2013/6/30(日)
八丁堀 七針 19時~ ¥1500 
1st Album「apantgarde」10周年記念 ワンマンライブ

わたしもちょこっと参加します。何かむシズ的な行為をしなくては。

最近蒸し暑く、ふと思い出したのですが
右の画像、何かわかりますよね。スピッツのフェイクファーのジャケです。
96年~97年ころの夏、こんな感じの本当に下着のスリップみたいなワンピースがごく短期間、
衣装などではなく、普通の女の子たちにも流行しませんでした?

持っている雑誌をさらってみても、zipperなどで、宝生舞さんあたりがそんなデザインの
「キャミソール」の上にジャージを羽織っていたりする写真はみつかるのですが、
ワンピースというかまんま下着姿、てのはあまり取り上げられていないので
おかしいなぁ。でも、確かにこういうテロテロなワンピース(色はうす紫かピンク)
にサンダル、みたいな女の子がたくさんいたのです。
で、着てたのはギャルではなく、なんていうか線の細い若いころの綿矢りさ氏みたいな感じの人が。。。

なんで、そんなことを明確に覚えているかというと、あれは19歳の誕生日、
わたしが柏のディスクユニオンで自分への誕生日プレゼントとして
早川義夫の「かっこいいことはなんてかっこわるいんだろう」のアナログを
買った帰り道、電車に乗ると、自分と同じ年頃のそんなスリップドレスを着た
とってもきれいな女の子たちが前に座っていて、なにやら楽しそうなことを
きゃあきゃあおしゃべりしていて
それを見て、「ああ、わたしは一生、たとえばこれからもっと大人になって
外見に、すこぶるよい変化が起こったとしても、こういうドレスを着られるような種類の
女の人にはなれないだろうな」と思ったことを痛烈に覚えているからです。
で、大人になった今、それは大正解だったので
むシズのような活動をしてしまっているのですが、なにも誕生日なんだから
早川義夫とか買わなくてもフランス・ギャルとかも好きだったんだからそっちになさいよ!
と今では言いたくなります。

それいしても、この服、着るのに免許がいるやつだわ。すけすけだもの。

すけすけといえば、左のスケルトンというか透明きらきらグッズ。
これも確か90年代のものです。
これにビニールレザー製のチューリップハットとチビT、
子供服メーカーになる前のベティース・ブルーのデニムのスカートを合わせるのが90年代風。
どうして90年代はスケスケのものをあんなに製造していたのですか?
鞄もスケルトン。サンダルのヒールもスルトン。G-shockもスケルトン。
コロムビアのポータブルプレイヤーにもスケルトンタイプのものが。

実はむシズは90年代ユニット“リヴァース★エッジ”(吐き気つながりで)
に変身することがあり、その際、ギター&プログラミング担当の
タツヤ・エンジェル(本名:生井)は、首にかけたゴーグルとビニールのスケルトンバッグに
生きたモルモットを入れて(こういう唐突な行為がcutieとかの街角スナップっぽい)
アクセサリー代わりに持ち歩いているのがトレードマーク。
そして、ヴォーカル&リリック担当のシェリー姐さん(本名:進藤)は
サテン素材のシャツにスパイラルパーマがチャームポイント。
ピンヒールのミュールはスケルトン素材。
ふたりのお気に入りの映画は「天使の涙」に決まっているのです。

でも、あの頃たくさんいらっしゃったクラブ系の歌姫の方々
とっても大人っぽく見えていましたが25歳とかだったんですよね。
Iceとか。コーザノストラとか。

そう思うとわたしももっと女性としてしっかりしてゆきたいと思うし
なので、みなさん助けてください。

今後もむシズをよろしくね。

ミノ太とアルディ 後篇

すみちゃんに好きっていってくれよぉ


ミノ太のことがWEBで全世界に発信されるのは、これが初だと思われます。
「ミノ太」とは、遡ること今から15年以上前、1997年1月13日発行「早稲田乞食」誌連載
「ワセコジ少年 人科番長」に登場したサイボーグのコードネームなのです。

解説によると「人科では全部で五体製造して、強さの個体差がないように、
弱い個体に負荷を集中させたため性格が“ねじくれ”てしまい、性格面で
非常に個体差がでてしまった」らしい。このデッサン力には敬服するばかりです。
その個性的な肩から二の腕のラインに、少女時代のわたしは衝撃を受け
のちにむシズ内の陰語で、タイトなシャツやポロシャツを着たときに二の腕の太さ
が目立ってしまう現象を「ミノ太になってる」と表現するようになりました。

この号の特集は他にもとても印象深いものが多く

■「シリーズ生き物の記録:中谷彰浩 傾向と対策」

nakatani.jpg

中谷氏の「もう何なんですか?」と言いたくなるよなインチキ臭さはココ参照。
実際の代表作はテレビ朝日「OH!えるくらぶ」だと思う。

■「蓋」
牛乳瓶のキャップコレクションの各社比較・解説

milk2.jpg

「いやらしいピンク」って。本当にバカすぎる(ほめているんですよ)。

しかしながら、大人になった今読んでみても切り口にしかり構成にしかり、
かなり優れたルポタージュになっており職業ライターでなくてもこんなにシニカルで
飄逸な記事を書くことができる大学生という人たちは大人だな、と当時、憧れの気持ちを
持ったのも我がことながらうなづけます。
そして一見無意味とも取れることを、いかに真剣に入念にやり遂げるか?そして真実とは何か?
それはむシズの活動にも相通じるものです。

ちなみに原稿のほとんどは手書きと切り張りで作成してあり、
巻末には編集者の郵便番号(3ケタ!)と住所(たぶん実家)と名前、
自宅の電話番号が記されてあり時代を感じます。

「毛糸だま」と「早稲田乞食」。10代のころ熟読した2誌ですが、
わたしが、俗と聖を行き来するような人物や音楽にしか信頼を置けず、
また、むシズでそれを目指してしまうのはこの2誌の影響なのかもしれません。
するってことは、前篇のアルディと今回のミノ太。むシズはこの二人の産物。
今をときめくハーフタレントといっても過言ではないのです。


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プロフィール

むシズ

むシズ
むシズは数回のメンバーチェンジを経てビデオ男優 横尾タダ乗り子(学術名:apartment 生井達也)ロシア系日本人女性ライター 進藤ナホトカ奈穂子(幼名:ベリンダ・タワー)プラスたまに身近な有名人でライブをしてます。一週間に十日きてね。

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