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虫ブロ

昆虫記

ミノ太とアルディ 前篇

har.jpg すみちゃんに好きっていってくれよぉ

ふたりはなかよし。じゃなくて、二者とも手書きの文字。手書きのイラスト。そして似たよなレイアウト。
にもかかわらず、伝えたい内容にまったく共通点のないところがチャーミング。
って、これが何かと説明すると、ミノ太とアルディだよ。て説明になっていませんが。

左が日本ヴォーグ社から現在も出版されている「毛糸だま」という
ニットの専門誌上で、90年代に連載されていた、西山晶さんの連載記事。
この回では「ペンギン」をテーマに黒+白+いろんなトーンのイエローのコーディネイトを
紹介していて、イラストは黒いタートルネックの「70年代のフランソワーズ・アルディ」風着こなし。
西山さんの連載はとても情報量が多く、この号だけでも13歳のわたしは

■フランスワーズ・アルディという人がいてフランスの歌手らしい。
■そのアルディはほぼ素顔なのにもかかわらずアイラインだけがビチと入っている。
■シャルロット・ゲンスブールはジェーン・バーキンの娘。
■そのシャルロットは全くファッションに興味はないらしい。
■バーキンも初来日時には穴の開いたセーターを着ていた。
■ペンギンカフェオーケストラという人たちがいる。

というあたらしい情報を得ました。
アルディのレコードを聴くようになるのももう少し大人になってから
(ペンギンカフェに至ってはちゃんと聴いたのつい最近!)だったのですが
この映像見る限りでは、本当に素顔っぽいのにアイライン、ビチッ!だ!と驚いたものです。
Tous les garcons et les fille(男の子女の子)/Francoise Hardy
むシズの第一回目のライブで、演奏したのも良い思い出。

当時の「毛糸だま」は一応ニットの雑誌だったのですが、それだけではなく
かなり早い段階からチェコや北欧の雑貨や文化について特集を組んだり
菅原由紀さんという方がエッセイと一緒にフランスのお菓子やインドのサモサとチャイの作り方を
紹介したり、世界の文化や美術、食事、映画に出てくるファッションについてまで守備範囲の広い
とにかく素敵で贅沢かつ、少し難しい雑誌でした。それと、ロケ地に日仏会館が多用されていたり、
撮影小道具やモデルやスタイリングが当時の「オリーブ」と重なる部分があり、もしかしたら
掛け持ちのスタッフがいたのでは?と現在勘ぐっています。

「アルディ」の西山さんは、ネットで検索したところ2000年を少し過ぎたころまでの
お仕事は追えたのですが、それ以後の活動についてはわからずとても残念です。
フランスの映画や女優、ニットを編むときの配色などたくさんのことを学びました。

と、ここまで書いてミノ太に触れるスペースがない!
次号まで待たれよ。

後篇へつづく

太陽に愛されよう。

biba2.jpg    biba1.jpg


グラフィックデザイナー、中村誠さんが亡くなりました。
昭和の優れた広告デザインを集めた本などには、必ず掲載されている
66年「太陽に愛されよう 資生堂ビューティケーク」のポスターを手掛けた偉大なデザイナーです。
白い水着姿の前田美波里さんの黒い肌やまなざしが印象的な作品で
盗難ポスター第一号と名高い、なんて広告年鑑とか現代用語の基礎知識
みたいな説明はさておき、今のグラビアとは全く違うベクトルの
「水着ポスター」(画像検索してね)をこぞって盗んだのは
果たしてほんとうに一般男性だったのか??
と、ちょっと不思議に思います。

モテ系、ゆるふわ、なんてあいまいな表現とは数万光年離れているような
強くて美しい。そしてとっても新しいビバリの姿。
その魅力に、ただならぬ何かを感じ取った昭和の男性たちの背中を
「判っていらっしゃる!」ってバンっとやりたくなる(盗んじゃダメだけどね。)
と、同時に、決して消費者に迎合することなく、サムシング・ニュウを提案するような
「攻めの広告」(というか誰が見ても素敵だ!と思えるような広告)が少なくなった昨今、
とても偉大な方が亡くなったのだなと改めて思います。

写真は67年・夏の資生堂花椿の表紙なので
件のポスターの約一年後の美波里さんの姿。
本誌の後ろに記述がある使用化粧品のラインナップを参考にすると
これは資生堂ビューティケークのトーニーオリーブという色。
当時の生き証人いわく、この写真のように、ビューティ―ケークの、
とにかく暗い日焼け色に、透明感皆無の白っぽいオレンジかサーモンピンクの口紅
(この写真では資生堂口紅72番 サンセットオレンジ)
を合わせるのが、カッコよかった、とのこと。

ちなみに、わたしは、この化粧品における“72番”とか色番号以外に
通称としてつけられる「サンセットオレンジ」とか「R&Bコーラル」とかの色の名前が
ショパンの練習曲第何番が勝手に「別れの曲」って呼ばれているのと同じ種類の
優雅さや余裕が感じられて好きです。企業の「商品管理」目的から、すと離れて
人々の手に渡る感じが、温かいというか。

ステージ衣装ってなんですか?


チラと見た音楽業界を目指している「シューカツ」生への指南本に、気になる記述が。


「レコード会社就職を目指すものは、ミュージシャンにナメられない外見をつくろう。」


これは、常識的な「社会人として恥ずかしくない恰好」っていうのとは明らかに別のドレスコードらしくて
(前後の文脈や本のイケイケな雰囲気から判断するとね。)わたしには、サラリーマンが
普通にきちっとしててなにがわるい?と少し不快かつ不可解に思えたのですが、さておき、
じゃあ、逆に「ナメ」る側のミュージシャンは、現代においてどんな恰好をするべきなのか??
ステージ衣装という概念が消滅して久しい昨今、一応「ステージ」に上がる機会のあるわたしは、
実際、何を着ればいいのかよくわからなくなることが多々あります。
先人を参考にしようにも、現代のミュージシャンが自分の衣装に言及している文献は、
ポリシックスの人がインタビューで「ステージに上がるときに“普段着のTシャツ”から
また“お気に入りのTシャツ”に着替えるみたいな普通な感覚が嫌だった(から、ああなった。)」
と、答えている記事が見つかったぐらい。(参考にならない。)

音楽とファッションの関係が昔ほど密接じゃなくなったというのもあるし、
ただ単に自分のいる場所が60年代のプロテスト・フォーク並みにドレスダウンされた
ジャンルというのもあると思うのですが、周りには、オシャレというのはまた違う
いい感じに「こなれた」粋な人とか、服がどうとか、もうそういう次元じゃない人、
というのばかりで、現代においての「ミュージシャンらしさ考」、
ことに、いわゆる「ショービズ」界とは、独特な距離感を保っている
「インディーミュージシャンらしさ」というのは、
むシズにおいて重要なテーマになりつつあります。

ちょっとそれとはズレるのですが、生井君は学校の友だちから
「ライブ時にドーランを塗るのか否か?」という質問をされたことがあるらしい。
わたしは、わたしで両親から「ステージで着るドレス」について心配されました。
(実際、音大生とかは大変って聞きますが。)
この例だけでも、この件についての外側から見た「わからない」度は
ご察しいただけるのではないでしょうか?

さて、身近なところで、apartmentのサポートなどでわたしがご一緒させていただく、
壊れかけのテープレコーダーズのメンバーの方を例に少し考えてみましょう。


■ ユサ氏の場合
お話していると控え目で優しい印象を受けるのですが、(着ているものもレトロなワンピースとか
奥ゆかしい感じ)ステージ上では、着ていたものの印象を一切残さないくらいの特別な「光」を
放ちます。あれは、みんなが言うような「ユサちゃんかわいい」とか、そういう凡庸な言葉で
片付けてはいけない光だと思います。ほぼ本人の資質で、着ているものはあまり関係ない。

■ シノ氏の場合
アパートメントのレコ発時、他のメンバーと合わせるべく靴を含めた3タイプの衣装を用意していたのが
衝撃的でした。でも「ミュージシャンとして自分がどうあるか、どう見えるか」というより、周りと
合わせる目的だったから自己主張としては作用していない。というか、「合わせよう」としている時点で
もう「ミュージシャン」らしくない。それより、はだしのゲンのファンサイトを教えてくれたし、いい人だ。

と、まったく参考になりません。

過去をさかのぼって考えると、むシズ黎明期に、知り合ったばかりの岸田佳也氏の持っていた
グレゴリーのバッグに対して「ややっ!ミュージシャンバッグ!!」と叫んで「???」と
いう顔をされた記憶があるのですが、これは私がフジロックに行ったときにものすごい確率で
グレゴリーのバッグを持っている人に遭遇していたからです。
ちなみに、その頃の私は、OL御用達ブランドのトレンチコート(やたらシュッとしたビジネスライクなやつ)
なんかを着ていて、ライブハウスのオーナーである無善法師(無善寺でやった金田貴和子が呼んでくれた
イベントだった。)に「おじょうひ~ん」なんてからかわれて閉口してしまいました。
このように、音楽の渦中にいる人は、ただただ、当たり前にチョイスしているため、
わたしの感じる、というか後天的に学習したつもりの「ミュージシャンっぽい」感覚というのを
どうしても理解していただけない気がします。その「ただ当たり前」の感覚こそが、
何を着ても、制服っぽい、会社員っぽい、ピアノの発表会っぽいと
言われてしまうわたしが、最も欲しているものなのですグラニフのTシャツにグレーのカーディガン。

氏からは、その後、いっそのこと社員証をぶら下げて社会人アピールをすれば?と
アドバイスいただいたのですが、その後の音楽活動において、3人ほど、
そんな感じに職場からそのままライブに来てサラリーマンスタイルで演奏するミュージシャン、
というのを目撃しました。あれはあれでその「多忙」感が現代のインディーズっぽかったので、
それもそれでアリか、と思いつつ、生井君からリクエストのあった「グレーのスウェットの上下に
キティーちゃんの健康サンダルにドンキホーテのビニールに携帯」というスタイルっていうのも、
こうなったら退廃的でいいかな、と思っています少々傷んだ前髪厚めのボブって、モテるインディ
系女子という認識は偏見ですか。そうですか。

1996年のミックステープ

tape.jpg

今、どの程度その文化が生き残っているのかは不明ですが、
わたしが女子高生だった1996年ごろにはお気に入りの音楽を
テープに編集したものを友達どうしで交換することが日常的に行われていました。
自分でもびっくりするくらい昔のことになってしまったのですが、
そのテープを聴いていた季節が巡ってくると体が覚えているというか、
自然とその時の曲順で、頭の中に再生されるとともに、そのテープをくれた子が
どんな子だったか、はっきりと思い出す瞬間があったりして、ひとりでちょっと感動しています。

16歳の今頃の季節に聴いていたテープの記憶を呼び起こしてみると…

A面
1 市民プール カーネーション
2 あじさい サニーデイサービス
3 恋におちたら サニーデイサービス
4 真っ赤な太陽 サニーデイサービス
5 なんだかんだ 神森徹也
6 レミレミ 神森徹也
7 とぎすまされた心で 神森徹也

このテープをくれた「くりはらさん」という女の子は、わたしの小学生のころからの友だちで
通っている高校は違ったのですが、何かとわたしに当時の「新しいもの」を教えてくれたのでした。
彼女が中学生時代、私にくれた年賀状がプリントゴッコで刷ったカヒミ・カリィだった、といえば
トガり具合はわかるでしょ?4、5曲目に神森徹也が入っていたことを思い出すのが大変だったのですが
調べてみたら、神森さん、インディーズでリリースしたり、しばらくお休みしていたようですが
今はもっとアカデミックなアプローチで音楽を続けていらっしゃることが判明して
「そうだっ。間違ってないぞ!負けんな!」と思わず声に出してしまいました。

続きまして

B面
1 Little Trouble Girl ソニックユース
2 しらけちまうぜ 東京スカパラダイスオーケストラfeat.小沢健二
3 摩天楼に雪が降る カーネーション
4 Grory カーネーション
5 ダーリン サニーデイサービス
6 夢物語 神森徹也
7 コーヒーと恋愛 サニーデイサービス
8 東京 サニーデイサービス

残念ながら実物が現存していないため確かめようはないのですが
曲の並びは絶対こうだったと思う。曲と曲の「間」のノイズの感じまで覚えているもの。
「しらけちまうぜ」は小坂忠のカバーで、わたしはこのテープをもらった次の月のおこずかいで
この曲のオリジナルが収録されている小坂氏の再発盤を買ったことを覚えています。
で、このテープに収められているオザケンバージョンは、くりはらさんがたぶんAMラジオを
エアチェックした音源をそのままダビングした感じで音質は激ワルだったのですが、
大人になってからクリアな音質でこの曲を聴いてもなんか別物に聴こえてしまって
イマイチぐっときませんでした…。

そうそう、こういったテープ交換のなんとなくのルールというかお約束として、
一曲ごとに自分なりの解説を書いた手紙や、小さなプレゼントをつけたり、というのがありました。

プレゼントというのは、たいてい
■ 雑誌の切り抜き(このテープには、確か曽我部恵一さんの切り抜きがついていた。若いころの。)
  とか、
■ 絶対行かないクラブイベントのフライヤー
  とか、
■ フランス映画のチラシ
  とか、
■ 自分で撮った写真

とか、こまごまとした些細なもの。それが時代の気分だ、と当時は思っていたのですが、
上の画像の切り抜きやステッカーなどもその一部で、ちょっと映っているもの説明をすると

■ 嶺川貴子さんの私物(今では日用品になってしまった「ヴァセリン」とか古着のスカートとか)
  を紹介した雑誌の記事。
■ オランダ系合法ドラッグのお店?(時代ですね)の広告のカードや、
■ カナダのラジオ局のステッカー(「アンヴィル!」を観てたらこのラジオ局が出てきて、
  おおっ!これがあの!となった。)と、
■ 友だちの誰かがアンティークのカメラで撮った「コーヒーと恋愛」というタイトルの写真などです。


それ以外の思い出というか思い入れというか、曲間のつなぎをベストなタイミングに
編集できるように、自分ちのデッキなりコンポなりの録音ボタンの「癖」を研究してみたりとか
いい曲を流すラジオ番組を張る(いつでも録音できるようにスタンバイしておく)などなど
テープを作るために、この時代は日々生活していたきらいがあります。
それから、音質は荒ければ荒いほどよしっみたいなアナログ志向も若干。
ぎりぎり「フォーキー」っていう言葉が出現する前ぐらいの時期の出来事です。
この言葉も今はもう使われないですね。

さて、このテープの「くりはらさん」とは「とりでひなげし団」という
「武蔵野タンポポ団」みたいな名前のエアバンドを結成するのですが、
いかんせん、エアなため、特に練習するでもなく活動するでもなく
かき氷を食べたり、池袋に映画を見に行ったりして消滅。
当時はまさか自分が人前で演奏するようになったり、とにかくこんな感じで音楽と近しく生活するとは
思っていなかったのですが、こんなふうにカセットテープの編集に賭けていた情熱や、
そこに吹き込まれていた音楽にたいする憧憬の気持ち(なんていうか、なーんて遠いんでしょ、って思っていた)                            はどう足掻いても戻ってこないなぁとしみじみ考えてしまいます。
いろいろ不自由だったゆえ幸せだったのかも。

だいたい、これだけyoutubeだとか検索サイトが発達している昨今、
どんな顔の人が喋ってるのか歌ってるのかわからないままラジオを
何年間も聴き続けるなんて、今の子供は経験していないでしょ?
信じらんないよ。

紙の廃墟

古くなろうが要らなかろうが、本が、捨てられない。という人はたくさんいます。
なんていうかそれって、人としてまっとうな気持ちだと思います。
でも、でも、その中でも比較的処分しやすいものとして、
古い百科辞典や図鑑(日々情報が更新されまくりだからね。)がよく挙げられます。
データは新しければ新しいほど有益だからさ。
実際、公共図書館みたいな場所で蔵書見直しの際、
真っ先に切られるのはそういう本だったり。
しかーし、そういった廃墟のように本来の目的や用途に耐えられなくなった物の中にも
過ぎし日の「滋味」というか、なかなかゾクゾクする側面が残っているので
写真とともにちょっと紹介。


gedo2.jpg

地方のお祭りを紹介した児童用の図鑑より。
おそらく当時の地元のちょいワル青年団とかの人なんだろうけど、
髪型といい、目の上のアイシャドウといい、外道の初期メンバーと言われても
私は信じてしまいそうです。偶然、上の説明文(見えるかな?)もなんだか外道の歌詞みたい。
この人つけているアイシャドウは、たぶん村の婦人から借りたものなんだろうけれど
どこのブランドのものだろう?とか思いを巡らせるのが面白いのです。
質感とかはクリームシャドウっぽいし、なんとなく当時(本が70年代半ばのものだからそれ以前)
主流のスティックタイプのものか??


gedo.jpg

これは家にあった現代グランド百科事典「アイ・シャドー」の項より。
執筆はハリウッド化粧品のメイ牛山氏。そう、パールの具合といい色の感じといい
上の若者と共通な感じしませんか。春のシャドウは外道色。
以下の動画で確認してくれるとありがたいです。このグルーブ感にぐいぐい惹きこまれてしまった。
外道ライブ 1975

tobaku.jpg
上の写真は、同百科事典「賭博」の項。イギリスのカジノの写真だったと思うのですが
この4人の佇まいやシチュエーションがが、グレートエスケイプとかパークライフの頃のブラーっぽい。
見方によっては、グレアム・コクソンが二人いるけど。


これも百科事典。「歩行者天国」の項より。
やっぱり現在の姿を熟知しているからか、昔の日本の姿が一番面白い。
そしてモデルなどの「撮られる用」の人の写真ではなく、
こんな感じにうっかり撮られてしまった人の写真のほうが断然当時の様子がわかる。
カップルの腕を組む仕草って、最近あまり見ないような気がします。
そして、その後ろにいる三人娘の一番左。彼女が今の人でアシッドフォーク的な音楽をやってたとしたら
インディーズ界隈でも、わりと可愛い可愛い言われて人気者な気が。笑


red2.jpg
「学生運動」の項より。この上にも詳細な組織図と歴史が。70年発行の百科事典なので、
現在継続している事象として記述されています。昔、国会図書館でバイトしてた時
偶然、樺美智子さんのお父様とお母様がかつて出版した本を見る機会があったのだけど
40年以上前だったとしても、なんだかすぐ目と鼻の先の議事堂であんなことが
起こったとはちょっと信じられなかったなぁ、、、。


一方、アメリカの若者はこんな感じ。
hip.jpg      muon.jpg

たぶん、いま百科事典でアメリカって引いてもこんな写真は載っていないのでは。
あ、右はサイケ関連ではなくアメリカの宇宙飛行士訓練の写真です。こうやって無音室で
極限状態に身を置くことにより、つよいメンタルを育成するのだそう。


sanyo.jpg

「手振り」の項目より。
今では、東京証券取引所で頭の上をぐるぐる回るアレになってしまいましたが、昔は証券マンが
手でサインを出していましたよね。こういうもう無効になってしまったものの詳細を知ることが
古い資料あさりの醍醐味だったりします。
ニッサンと日立は覚えやすいので知っておくとかっこいいぞ。
東京と大阪だと若干サインが違うらしい。


「顔」の項目より。
bijin.jpg konohito.gif

「人間の顔は左右非対称だから、右だけで構成したものと、左だけで構成した顔だと違和感がある」
という解説が書いているのですが、さておき、このモデルさんかわいいなぁ。。と思っていたところ
後日購入したまったく別の70年代のファッション誌にもモデルとして登場していて
(右。同一人物ですよね?これ)当時、わりと売れっ子さんだったのかしら、と推測。

えー、このように古い百科事典はとても楽しいし、いろいろ遊べます。
身近にあったら要チェックだ!

bake.jpg
おまけ:「アップリケ」の項より。
なんで、よりによってこれを選んだのか担当者を問いただしたい。

ナホトカ




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プロフィール

むシズ

むシズ
むシズは数回のメンバーチェンジを経てビデオ男優 横尾タダ乗り子(学術名:apartment 生井達也)ロシア系日本人女性ライター 進藤ナホトカ奈穂子(幼名:ベリンダ・タワー)プラスたまに身近な有名人でライブをしてます。一週間に十日きてね。

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